坂網鴨猟の網の投げ方

2020年11月18日
更新回数:3回

夕陽が沈み、辺りが暗くなると、遠くまで餌を食べに行っていたハクチョウやガンが、片野鴨池に戻ってきます。すると、昼間は池で居眠りしていたカモたちが目覚めはじめ、自分たちも餌を食べに飛び立つ準備を始めます。

カモの鳴き声が激しくなると、いよいよカモたちが飛び立つ時間。

坂場(猟場)で待ち構えていた猟師たちは、頭の上にカモが飛んでくると、スッと網を真上に投げ上げます。すると、カモは勢いよく頭から網の中央に突っ込み、網に包まれたまま猟師の後方に飛んでいきます。坂網は網がスライドする仕組みのため、網がカモを包み込んで逃しません。急いで網とカモを回収しにいきます。

これを20〜30分ほどの間、カモが飛び立つたびに行うのが基本的な坂網鴨猟のやり方です。

カモはどのように飛ぶ?

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

意外かもしれませんが、じつはカモは夜行性の鳥です。

そのため昼間は片野鴨池で泳ぎながら居眠りをして、夕方暗くなると近くの水田に落ち穂などを食べに飛び立ちます。そして朝になると、また池に戻ってくるのです。

片野鴨池は周辺が丘になっており、松が植えられています。
カモはこの松の高さに沿って、向かい風を受けながら飛び立ちます。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

そのため、猟師はその日の風の向きを確認し、ちょうどカモが飛んでくる場所を予測して、その日の坂場(猟場)を決定します。

松は猟師たちによって、自分たちがカモから見えないギリギリの高さまで低く刈られています。耳だけを頼りに、目の前の松からカモが飛び出すほんの一瞬を狙って、猟師たちは坂網を投げます。まさに職人技といってよいでしょう。

坂網の投げ方と、その工夫

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

猟師たちは各坂場(猟場)で横一列に並び、割り当てのエリア(かいな)内に飛んできたカモを獲ります。

網を構えるときは、利き手の人差し指だけで坂網のカセ尻(Y字の棒の底)を支え、もう一方の手でカセの上の方を握ります。

カモが飛んでくるのを待っている間、ギリギリまで網を水平に維持します。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

羽音でカモが接近したことを察知すると、スッと網を立たせて頭上に投げ上げます。

このとき、腕は体の横から上にあげます。

体の前から投げると、網が真上ではなく前に飛んでしまうことがあるからです。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

坂場(猟場)は基本的に丘になっています。そのため、前に投げてしまうと坂道を下って網を回収しなくてはいけません。松などが邪魔で、網が取りに行けない場合もあります。

また前に網を飛ばしてしまうとカモが逃げてしまうため、猟師たちは必ず横から投げることを徹底するのだそうです。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

池を飛び立って間もないとはいえ、カモの飛ぶスピードは時速40〜60kmほどもあります。

解禁してすぐのカモは、北極圏から4,000kmの旅をして痩せているためスピードが遅いのですが、年が変わる頃には筋力も戻りスピードも上がってくるのだとか。

よって網を投げるタイミングは時期によっても変わります。

また早く投げすぎると、横の猟師が獲ろうとしていたカモも散らしてしまうため、初心者の間は網を投げることすらできないことが多いそうです。

カモは一羽だけで飛ぶわけではなく、一度に数羽飛ぶことがほとんどです。ただ、どんなにたくさん飛んできても、基本的には一羽だけを狙います。

何羽も獲ろうと欲が出ると、逆にまったく獲れないそうで、「二兎を追う者は一兎をも得ず」という格言は、坂網鴨猟でも通用する言葉のようです。

投げるタイミングがわかったら、今度は投げる高さの調整です。
カモは丘に生える松に沿って飛ぶとはいえ、やはり高く飛んだり低く飛んだり様々です。

坂網鴨猟師は、カモの飛ぶ速さと高さを瞬時に把握し、それにあわせて投げる技量が求められるのです。

特殊な技の数々

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

坂網鴨猟は基本的に真上に坂網を上げてカモを獲りますが、それ以外の投げ方もあります。

猟師は自分のエリア(かいな)から外れたカモを獲ることが禁じられていますが、横の猟師が見逃したカモを獲ることは認められています。
そのため、隣の猟師の斜め後ろに投げる技が存在します。これを「後ろへ掛ける」と言います。両隣が初心者で、両方とも後ろに投げて獲ったベテランもいたとか。

また坂場(猟場)によるとカモが真横や真下を飛ぶことがあり、ベテラン猟師になると横や下に網を投げて獲るなんてこともあったそうです。

カモは最初の頃はバラバラに飛んできますが、12月もなかばになるとつがいで飛ぶようになります。そこを狙って1網で2羽獲ることを「ヒトカケ」といいます。
だいたいオスが前を飛んでいますが、慌てて投げてしまうとオスだけしか獲れずメスは逃げてしまいます。ギリギリまで引き付けて投げるとダブルで獲ることができるのだとか。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

坂網鴨猟の初心者とベテランの違いは、ギリギリまで引き付けられるかの違いだと言います。またベテラン猟師の猟は、カモがスーっと吸い込まれるように網に入っていくのだそう。

これらの技は、従来はなかなか身に付けられませんでした。しかし近年は、若手が経験を積む機会を増やしたことから、少しずつ受け継がれているようです。
2020年は、また3人の新人猟師がデビューします。技術の継承は確実に進んでいます。

参考文献

  • 『片野鴨池と坂網猟』(加賀市片野鴨池坂網猟保存会、2001年)
  • 『坂網猟に係る民俗文化基礎調査報告書』(加賀市片野鴨池坂網猟保存会、2016年)
  • 坂網鴨猟師の山岸和伸さん、元坂網鴨猟師の中村肇伸さんからの聞き取りによる