坂網とは、どのような網なのか

2020年11月18日
更新回数:7回

片野鴨池(石川県加賀市)での坂網鴨猟は、坂網と呼ばれる全長約4m、重さは1kg弱くらいのY字型の網を使います。

猟師は頭の上をカモが飛んでくると、この坂網を真上に投げ上げます。そうすると、飛んできたカモが、V字の部分(ハザオ)に取り付けられた網に入るという仕組みになっています。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」

坂網の1番の特徴は、虫取り網や釣りのタモ網などのように、網が固定されていない点にあります。

網の側面にはリング(コザル)が取り付けられていて、リングがV字の竹に通されています。そして網の底の部分は、メタバサミと呼ばれる部品で洗濯バサミのように挟まれています。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

これによって、カモが網に飛び込んでくると、その勢いでハサミから網が外れV字の上部にスライドして袋のようになります。このギミックによって効果的にカモを包み込むことが可能になり、カモの体を不必要に痛めることなく、捕まえることができるのです。

全国の坂網

全国的に見ると、いくつかの地域で片野鴨池の坂網に似た網が使われていたことがわかります。

たとえば、宮崎県宮崎市(旧:佐土原町)の巨田大池、鹿児島県南種子町の宝満池、同県川内市の藺牟田池、兵庫県小野市の男池、福井県敦賀市阿原池、同県小浜市鳥越山、ほかにも宮城県、福島県、京都府、大阪府、愛媛県などで投げ網による鴨猟が行われていました。

しかし、現在ではほとんどは廃れてしまっています。

現在も30名程度の猟師が残っているのは片野鴨池だけです。また、片野鴨池の坂網猟のほか、宮崎県巨田大池の鴨網猟、鹿児島県宝満池の鴨突き網猟が県の民俗文化財に指定されています。片野鴨池はラムサール条約登録湿地でもあり、そのような場所で伝統的な猟が残されているのは非常に貴重なことだと言えるでしょう。

坂網の形と種類

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

片野鴨池の坂網は、民俗文化財に指定されているというだけでなく、若手猟師たちが積極的に後世に伝統を残していこうと取り組んでいるため、今でも可能な限り昔ながらの材料で作られています。また網の形もほとんど変わっていません。
網の形は代々の猟師たちが改良を加えようとしたものの、非常に巧妙にできていて変える場所が見つからなかったのだそうです。

そのため、日本人の平均身長が高くなるのにあわせて、網全体が少し大きくなった程度の変化しかありません。

網の大きさと重さは自分たちでそれぞれにカスタマイズします。
風の強い日は、風に流されないように重いものを選ぶということもあるようです。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

細かく分けると、坂網には3種類あります。

網の目が細かい順に、目小(メジョウ)、中目、大目(オオメ)といいます。
小さいコガモなどは目小、マガモなどは大目を使います。中目はどちらも狙える良いとこどりの網です。坂網を5枚持っていくとしたら、1枚は目小で、あとの4枚は大目という比率で持っていくことが多いようです。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

池から最初に飛び立つのがコガモで、つぎにマガモが飛び立つため、構え場に網を置くときは、一番上に目小を置いて待ち構えることになります。

今も変わらない坂網の材料

材料に関しては、網の素材だけは絹糸から木綿糸、畳糸を経てナイロン製の漁網糸が使われるようになりましたが、網を自分たちで糸から編むのは昔と変わりません。

もともと絹糸を使っていたというのは、大聖寺藩の特産が絹織物だったことに由来します。1970年以降は輸入品が増加したことから加賀市の繊維産業も打撃を受け、絹糸で編む網はもう残っていません。

Y字のIの部分(カセ)は、木材の折れにくい部位を選んで、反りや曲がりがないことを確認して丁寧にカンナをかけて作ります。下の方は少し細めに削るのがポイントです。

このIの部分は、しなってしまうと投げにくくなります。ですので、まっすぐ安定した木材を使わなくてはいけません。坂網猟をしたことがない職人さんに依頼すると、このあたりの塩梅が分からず、使いにくい網になってしまったこともあったのだとか。

底の部分は、指を引っ掛けて網を投げる非常に重要な場所なので、斜めに面を取ったり、溝を掘ったり、段差をつけたり、猟師によって様々な工夫がされています。

V字の部分(ハザオ)は竹が使われていますが、メダケやヤダケという種類の竹を川に取りに行きます。ヤダケは弓矢の矢に使ったからヤダケというのだそうです。しなやかで強く、節も低いので、網がスムーズにスライドするのだとか。

ヤダケは12月の1週目くらいに川に取りに行きます。しかし、とってすぐに使えるわけではありません。3年寝かして乾かした上で、火で炙ってまっすぐにして、ようやく坂網の材料に使うことができるのです。この部分は痛みやすく消耗品のため、ベテラン猟師さんなら300〜500本くらいは常にストックしてあるそうです。

今となっては弓道の矢の素材は、ジェラルミンやカーボンに変わってしまいましたが、坂網鴨猟では今も伝統的な坂網の材料にこだわって網が作られているのです。

坂網づくりの技能継承

2017年くらいまで、坂網を作れるのは数人のベテラン猟師のみでした。

近年は鴨が獲れる数も減少し、あまり坂網が痛まなくなってしまったこともあって、わざわざ作り方を習う猟師がいなくなっていたのです。またあくまでも趣味として坂網鴨猟を楽しむ猟師が多かったのも原因でした。

写真:「坂網猟 人と自然の付き合い方を考える」より

しかし、伝統技能が廃れることを恐れたベテラン猟師たちと、文化財の継承者としての意識が強い若手猟師たちの努力により、坂網づくりは受け継がれました。
一番若い猟師の山岸和伸さんは、カセの部分こそ建具屋さんに頼むそうですが、それ以外はもうほとんど全部を一人で作ってしまうそうです。

このことは、文化財の継承者としての自負を高めただけでなく、鴨猟の成果にも良い影響がありました。

2020年には、また新たな猟師がデビューする予定ですが、これからもどんどん技術の継承は進んでいくことでしょう。

参考文献

  • 『片野鴨池と坂網猟』(加賀市片野鴨池坂網猟保存会、2001年)
  • 『坂網猟に係る民俗文化基礎調査報告書』(加賀市片野鴨池坂網猟保存会、2016年)
  • 坂網鴨猟師の山岸和伸さん、元坂網鴨猟師の中村肇伸さんからの聞き取りによる